神崎

神崎の歴史

兵庫県神崎郡市川町、​神崎​(かん​ざき)。
鶴居駅の​南、​市川の​ほとりに​開けた​農村。
千三百年前の​書物に​さかの​ぼる​名を、​そのまま​宿す村。​

古代——『播磨国風土記』の「神前」

奈良時代の​地誌『播磨国風土記』に、​この​一帯は​「神前​(かむさき)の​郡」と​して​記されています。​郡の​名は、​伊和大神の​子・建石敷命​(たけいわしきのみ​こと)が​この​地の​山に​坐したことにちなむと​伝えられています。​神前——神が​坐す。​のちに​「神崎」と​書かれる​この​名は、​古代の​郡の​名その​ものです。​郡は​やがて​市川を​境に​神東郡と​神西郡に​分かれ、​神崎の​村は​神西郡の​側に​属しました。​

中世——蓮如上人の石碑

延徳3年​(1491年)​ごろ、​浄土真宗中興の​祖・蓮如上人が​この​地を​巡化したと​伝えられています。​「南無阿弥陀仏」と​刻まれた​石碑が​今も​残り、​500年以上​前の​祈りの​記憶を​伝えています。​集落には​浄土真宗の​金剛寺が​あり、​真宗の​信仰は、​いまも​村の​暮らしと​地続きです。​

江戸時代——今井と、福渡

江戸の​ころ、​この​あたりは​今井村と​福渡新田と​いう​二つの​集落だったと​伝えられています。​福渡新田は、​福本の​側から​市川を​渡って​開かれた​新田で、​「福本から​渡って​来た」——それが​福渡の​名の​由来と​伝わっています。​「今井」の​名は、​いまも​集落の​集会所の​名に​残っています。​

明治——神崎村、そして鶴居村へ

明治の​はじめ、​今井と​福渡が​合わさって​「神崎村」が​生まれた​と​伝えられています。​明治22年​(1889年)、​神崎村は​澤・美佐・鶴居・田中・​小室の​五つの​村とともに​合併し、​鶴居村の​大字と​なりました。​明治29年​(1896年)には​神東郡と​神西郡が​合わさって​神崎郡が​成立——古代の​「神前」の​名が、​郡の​名と​して​よみが​えりました。​

昭和から現在——市川のほとりの、田んぼの村

昭和30年​(1955年)、​鶴居村は​甘地村・川辺村・瀬加村と​合併して​市川町に​なり、​神崎は​その​大字と​して​現在に​続いています。​市川沿いに​田んぼが​広がり、​稲荷神社​(八坂稲荷神社)と​大森神社、​二つの​社が​集落を​見守る村。​秋には​10月16日・17日と、​二つの​社の​例祭が​続きます。​