兵庫県神崎郡市川町、神崎(かんざき)。
鶴居駅の南、市川のほとりに開けた農村。
二つの集落が合わさって生まれた、小さな村の記憶。
神崎はもともと、今井村と福渡新田という二つの集落からなっていました。福渡新田は江戸時代、福本の側から市川を渡って開かれたと伝わる新田。「福本から渡って来た」——それが、福渡の名の由来と伝わっています。村高は86石余り。川沿いに田を開いた、静かな農村でした。
延徳3年(1491年)ごろ、浄土真宗中興の祖・蓮如上人がこの地を巡化したと伝えられています。「南無阿弥陀仏」と刻まれた石碑が今も残り、500年以上前の祈りの記憶を伝えています。集落の片隅に立つ小さな石碑に、村の人々がどれほど手を合わせてきたか——想像すると、重みがあります。
明治11年(1878年)、今井村と福渡新田が合併し、「神崎村」が生まれました。郡の名——「神前(かむさき)」、神が坐す山——を村の名として引き継いだのです。その後、昭和30年(1955年)の市川町成立まで、鶴居村の一集落として歩み続けました。
古代から続く条里制の区画が、今もかすかに田んぼの形に残る神崎。大森神社と祇園八坂神社の二つの社が集落を守り、夏には祇園祭の声が聞こえます。鶴居駅の南に広がるこの小さな村に、いくつもの時代の層が積み重なっています。
何もなくなったわけではありません。残ったものを、私たちはここに記録します。